第42条の論点整理:2014~2024年の国連子どもの権利委員会の最終所見から

 はじめに

国連子どもの権利条約(CRC)の第42条は、「締約国は、条約の原則および規定を大人にも子どもにも積極的に知らせることを約束する」と定めています​。これは、子ども自身や社会全体が子どもの権利を理解し尊重する基盤として極めて重要な義務です。2014年から2024年にかけて、国連子どもの権利委員会はOECD加盟国のいくつか(イギリス、フランス、スウェーデン、フィンランド、ニュージーランド、日本)に対し、第42条の履行状況を含む締約国報告書の審査を行い、最終所見(Concluding Observations)を公表しました。本レポートでは、それら各国の審査結果において子どもの権利条約の普及・啓発(第42条)に関して指摘された事項や勧告内容を整理し、各国の対応状況と共通する課題を分析します。さらに、子どもの権利委員会の一般的意見(General Comment)と比較し、各国に共通する論点や今後の展望について考察します。

各国における審査結果の詳細

イギリス(英国)

指摘事項: 子どもの権利委員会は、イギリスにおいて子どもおよび大人の間でCRCに関する認知度が依然として低いことに懸念を示しました​。2016年の第5回報告審査時にも、委員会は政府の取り組み不足を指摘しており、第42条の履行状況改善を強く求めていました(※2016年所見)​。特に、「子ども時代」に対する社会の否定的態度や、子どもが自分の権利を知らないことが、子どもの権利実現の障壁になっているとされています​。

改善勧告: 2023年の最終所見では、委員会はイギリス政府に対し、全国的な子どもの権利啓発戦略を採択し、子ども自身を啓発活動に積極的に参加させることを勧告しました​。また、教育、社会福祉、法執行、移民、司法など子どもに関わるあらゆる専門職に対し、CRCおよびオプショナル議定書に関する系統的な研修を実施するよう求めています​。この勧告は、2016年の所見における提言を踏まえたもので、当時から繰り返し強調されている課題です。

政府の対応と進捗: イギリス政府は2016年以降、一部で子どもの権利啓発に取り組みましたが、委員会の指摘どおり包括的な全国戦略は策定されていませんでした​。しかし、地域レベルでは進展も見られます。例えば、ウェールズでは2011年に「子どもの権利に関する費用対効果法(Measure)」を制定し、閣僚にCRCを尊重する法的義務を課すとともに、政府によるCRCの普及啓発を義務づけました​。実際、ウェールズ政府は定期的な報告書で啓発活動の進捗を公表し、学校教育への権利教育の導入や公務員研修の実施などに取り組んでいます​。スコットランドでも2021年に議会がCRCを国内法に組み込む法案を可決し(現在一部法的課題の精査中)、それに合わせて子どもの権利に関する意識向上キャンペーンが展開されました​。
とはいえ、イギリス全体としては子どもの権利意識の向上になお課題が残り、2023年所見で勧告されたような統一的戦略の策定と専門職研修の強化が今後の重要な課題となります。

フランス

指摘事項: フランスに対する2016年の所見では、CRCおよびオプショナル議定書の存在を一般市民や子どもによく周知するための取り組みが不十分であると指摘されました。特に、海外領土を含むフランス全土での普及啓発活動の強化が求められ、学校教育における権利教育の徹底などが勧告されていました(※2016年所見内容)​。
これを受けてフランス政府は、若者を「子どもの権利大使(JADE)」に任命し権利啓発に参加させるプログラムを創設するなど、一定の対応策を講じました​。

改善勧告: 2023年の第6・7回報告審査において、委員会はJADEプログラム開始を評価しつつも、以前の勧告が十分に履行されていない点を懸念しました​。委員会はフランスに対し、(a) 大都市圏と海外領土の両方において、一般社会および子ども向けにCRCおよび第三の選択議定書(通報制度)とその仕組みに関する認知度向上を図ること、(b) 子どもに関わる専門家(児童福祉、教育、法執行など)に対しCRCおよび関連する人身取引防止等の研修を強化すること、を勧告しました​。これらは前回(2016年)の勧告の再強調であり、特に海外県・領土での啓発不足と専門家研修の欠如に対処するよう求めています。

政府の対応と進捗: フランス政府は2016年以降、子どもの権利担当の国務長官ポストを新設し(2017年)、2019年には「新・子ども時代のための協定(Pacte pour l’enfance)」を採択するなど、制度面の整備を進めました​。また、JADEプログラムによって若者自身が権利を広める活動が始まり、教育現場で児童の権利に関する教材を配布する試みも行われています。しかし委員会は、それでも子どもや保護者一般にCRCの知識が浸透していない点を重視し、啓発活動の一層の強化を促しました​。特に海外領土では言語・地理的障壁もあり、今後は現地語での条約周知や研修の展開など、地域に即した普及策が課題となります。フランス政府は所見を受け、勧告の実施計画を策定中であり、子どもの権利委員会の勧告​に沿って全国キャンペーンの展開や専門職研修の拡充に取り組む見通しです。


スウェーデン


指摘事項: スウェーデンは1979年に世界で初めて体罰を全面禁止するなど子どもの権利保護で先進的とされていますが、2015年の所見では条約のさらなる周知と体系的な研修の必要性が指摘されました(第5回報告審査)​。
もっとも、スウェーデン政府はその後積極的な対応を行い、2020年にはCRCを国内法に直接組み込む「児童の権利法」を施行しています​。この法制化は委員会からも評価され、2023年の所見序文で成果として言及されました​。

改善勧告: 2023年の最終所見では、第42条の履行状況について「重大な懸念事項」は示されませんでしたが、委員会は引き続き以下を勧告しました​。
(a) 子どもの権利に関する一般向け啓発活動を継続・拡大し、子ども向けのわかりやすい教材を配布するとともに、子ども自身が広報活動に積極的に関与できるよう促進すること​
(b) 教育・福祉・司法など子どもと関わる全ての専門家に対し、CRCおよび第一・第二選択議定書(武力紛争・児童売買に関する議定書)について体系的な研修を行うこと​。
これら勧告は、スウェーデンが近年講じた措置(CRCの国内法化や人権研修の実施)を維持・発展させる趣旨です。

政府の対応と進捗: スウェーデン政府はCRC法施行に伴い、公務員や専門職への研修プログラムを開始し、自治体レベルでも職員教育が行われました​。同法の施行は「公共部門全体で子どもの権利に対する意識を高め、政策立案にCRCを反映させる効果をもたらした」と政府代表も述べています​。また、2017年には子どもの権利オンブズマンが主導し公務員の知識向上イニシアチブが展開されるなど、国内での条約周知は着実に前進しています​。委員会の勧告にある子ども向け教材についても、政府は児童向けに条約内容を説明するパンフレットや動画を作成し学校で活用しています。今後の課題としては、条約の実施を監督する人権研究所(2022年設立)と連携しつつ、研修の継続と効果検証を行うこと、さらに委員会が付言したように第三選択議定書への未加入にも取り組む必要があるでしょう(政府は2023年時点でOP3締結の是非を検討中​)。


フィンランド


指摘事項: フィンランドでは、2019年頃までに子どもの権利に関する包括的戦略が欠如している点が指摘されていました。しかしその後、フィンランド政府は**初の国家子ども戦略(2021年)**を策定し、CRCの原則浸透に向けた政策的枠組みを整備しました​。2023年の所見では、第42条に基づく普及啓発について大きな批判はありませんでしたが、委員会は引き続き努力を求めています。

改善勧告: 2023年の最終所見では、委員会はフィンランドに対し、(a) 一般国民および専門職双方への子どもの権利に関する意識啓発を継続すること、特に子ども向け教育資材の配布など子どもに身近な形で条約の内容を伝えること、そして子どもたち自身が市民社会活動や大規模プロジェクトに参加し権利推進に関与できるよう奨励すること​、(b) 全ての専門家に対する継続的で体系立った研修を保証すること――研修内容にはCRCとすべての選択議定書(フィンランドは2014年に通報制度議定書(OP3)を批准)を含める――を勧告しました​。委員会は、こうした措置が既存の国家子ども戦略の下で強化されることを期待しています。

政府の対応と進捗: フィンランド政府は国家子ども戦略に基づき、子どもの権利週間の実施や、子ども向けウェブサイト(Lapsenoikeudet.fi)での権利情報発信など、広報啓発活動を展開しています。また、条約批准以来、政府はCRC条文のフィンランド語・スウェーデン語への翻訳を行い、委員会の勧告も公式に両言語で公開するなど情報アクセスの向上に努めています​。専門職研修については、司法や教育分野で人権研修プログラムを継続中です。例えば裁判官研修所では児童の権利に関するコースを設け、学校教師向けにもCRCを教える指導教材が提供されています。もっとも、委員会からは子どもの権利オンブズマンへの資源配分が不十分との懸念が示されており​、戦略を実行に移すための中央調整機関の強化や予算措置が課題です。フィンランド政府は2023年時点で戦略推進のための「国家子ども戦略ユニット」の設置を計画しており​、これにより各省庁横断での権利啓発と研修のモニタリングが改善される見通しです。


ニュージーランド

指摘事項: ニュージーランドでは、2016年の第5回報告審査の時点で、政府のCRC普及努力が限定的であることが指摘されました。委員会は前回所見(第3-4回報告)での勧告を想起しつつ、条約の理念を学校教育や一般家庭に浸透させる施策の不足を懸念しました​。また、先住民族マオリの子どもや弱い立場に置かれた子どもたちに条約の情報が行き届いていない点も課題とされました。これらを受け、ニュージーランド政府は子どもの権利コミッショナー(Children’s Commissioner)にCRC周知の役割を持たせ、条約推進を担当させてきました​。

改善勧告: 2023年に公表された第6回報告に対する所見では、委員会は一定の進展を認めつつも、暴力や差別など子どもの権利侵害に関連する課題と並行して、第42条の履行にも引き続き言及しました。ただし条約の周知に関して個別の段落勧告は確認できません(公開情報の範囲では、2023年所見本文中に「普及・啓発」に特化した勧告は目立っていませんでした)。これは、ニュージーランドがここ数年で国内の権利促進体制を強化したことを反映している可能性があります。具体的には、子どもの権利コミッショナーが政府に対しCRC実施状況を監視・提言する役割を果たし、同コミッショナーが中心となって啓発や研修が行われてきました​。

政府の対応と進捗: ニュージーランド政府は、委員会所見を受け2017年に子どもの権利行動計画を策定し、各官庁でのCRCの実施と周知を図りました。また、学校教育課程に人権・子どもの権利の要素を組み込む努力も一部で行われています。子どもの権利コミッショナーは全国的な啓発キャンペーンを主導し、児童フレンドリーなCRCパンフレットの配布や、先住民コミュニティでのワークショップ開催などを実施しました。しかし課題も残ります。ニュージーランドでは2022年に子どもの権利コミッショナー制度を改編し、複数委員からなる新組織に再編しました。この改革は独立性の後退や権利擁護活動の弱体化の懸念も指摘されています。そうした中、政府は2022年12月にようやくCRC第3選択議定書(通報制度)への加入を決定し​、2023年には正式に批准しました。これにより、子どもが自国で救済が得られない場合に国連委員会に通報できる制度が適用されます。委員会はこの動きを歓迎しつつ、同議定書の内容も含めて子どもや保護者への周知を行うよう求めています。今後のニュージーランドにおける課題は、地方レベルまでCRCの認知度を高めること、特にマオリ語など多言語での啓発や、離島・農村部の子どもたちへの情報提供を徹底することです。また、新設の子どもコミッショナー組織に対し、委員会勧告のフォローアップを確実に行うよう監視が期待されます。


日本

指摘事項: 日本は1994年にCRCを批准して以来、条約の原則を国内法や政策に反映させる努力を続けていますが、委員会は社会全般での認知度不足を繰り返し指摘してきました。2019年の第4・5回報告審査において、委員会は政府が実施した子どもの権利に関する啓発プログラムやキャンペーン自体は評価しつつも、それらの取り組みの規模と対象が限定的であるとしました​。特に、子ども本人や保護者への情報普及だけでなく、立法府の議員や司法府の裁判官に対してCRCの内容を十分に周知し、その適用を促す必要性を強調しました​。

改善勧告: 2019年の最終所見では、委員会は日本政府に対し次のように勧告しています​。
(a) CRCに関する情報の更なる普及を図ること。子どもや保護者への周知を拡大するとともに、国会議員や裁判官にも条約の理念を浸透させ、立法・司法の過程でCRCが適切に参照・適用されるようにすること​。
(b) 教師、裁判官、弁護士、家庭裁判所調査官、ソーシャルワーカー、警察官、メディア関係者、公務員など、子どもと関わるあらゆる職種の人々に対し、CRCおよび選択議定書に関する定期的な研修を実施すること​。
これらは、日本が直面する「CRCの理解が社会に根付いていない」という問題に対処する具体策として提示されました。

政府の対応と進捗: 日本政府は人権教育・啓発推進計画の中で子どもの権利条約を位置づけ、法務省人権擁護局や内閣府などが中心となって普及活動を行っています。例えば、毎年11月の「児童虐待防止推進月間」などに合わせて子どもの権利啓発ポスターを作成・配布したり、学校での人権教室でCRCに触れる機会を設けたりしています。また、文部科学省は道徳教育や特別活動の中で児童の権利について教える教材を提供しました。しかし、委員会が懸念したように司法・立法分野への周知は遅れており、裁判官や国会議員にCRCの知識を深めてもらう取り組みは限定的です。判例上も、日本の裁判所はCRCを直接適用したり参照したりするケースが少なく、委員会の勧告を受けて法曹界への研修強化が課題となっています​。
近年の進展としては、2023年4月に創設されたこども家庭庁があります。この新設庁は政府の子ども施策を総合的に推進する機関であり、基本方針に「児童の権利に関する広報啓発」が掲げられています。今後、こども家庭庁が中心となって学校教育への権利教育の導入支援や、子ども向けCRC解説書の作成、地方自治体と連携したキャンペーン等を計画しており、第42条の実施促進に向けた体制強化が期待されます。
ただし、日本においては依然としてCRCの法的地位(国内法への明確な位置づけ)が課題であり、条約を国内で直接執行可能にすることや救済手段を整備することが、権利啓発と表裏一体の重要テーマとなっています。子どもの権利委員会も「政府全体、国会、司法府に子どもの権利の視点を確立すること」が効果的実施のカギと指摘しており​、日本でも高位レベルでのCRC理解促進が今後の展望と言えるでしょう。


共通する重要トピックと論点


上記6か国の審査結果から浮かび上がる共通課題として、「子どもの権利に関する認知度不足」と「専門家研修の不徹底」が挙げられます。いずれの国においても、子ども自身や保護者を含む一般社会にCRCの内容が十分浸透しておらず、子どもが自分の権利を知らないために権利侵害を訴え出られない状況が指摘されています​。
例えばイギリスや日本では、条約の存在自体を知らない子ども・若者が多く、結果として不利益を受け入れてしまうケースがあると報告されています​。また、大人側(親、教師、官僚など)もCRCへの理解が浅いために条約が日常業務で考慮されず、子どもの最善の利益原則が軽視される傾向が共通してみられました​。
さらに、子どもと関わる専門職への研修不足も各国共通の論点です。委員会は各国に対し、教育・保育、司法、福祉、医療といったあらゆる分野の専門家にCRC研修を徹底するよう再三勧告しています​。これは、専門職が条約の理念を理解していなければ、実務に権利条項が反映されないからです。
例えばスウェーデンやフィンランドでは研修努力が継続されていますが、それでも委員会は「体系的な研修を続けよ」と念押ししています​。一方、研修が十分でない国(日本やNZなど)には具体的職種名を列挙して研修実施を勧告しています​。

学校教育への組み込みも重要なトピックです。第42条の実現には、学校で子どもの権利を教えることが効果的であると一般的に認められており、委員会の所見でも各国に示唆されています。フランスへの以前の勧告では「学校における権利教育プログラムの義務化」が言及され​、他の国々でも公式カリキュラムに人権教育を含めることが推奨されました。子どもにわかりやすい資料の作成も各国で強調された点です。スウェーデンとフィンランドの所見には「子ども向け教育資料(child-friendly materials)の配布」が明記され​、権利の難しい概念を子どもが理解できる形で伝える工夫が求められています。ニュージーランドや日本でも、漫画や動画など子ども目線の啓発ツールが用いられ始めていますが、更なる充実が課題です。

子どもの参加も見逃せません。委員会は、単に大人が教えるだけでなく、子ども自身が権利を広める主体となるよう促しています。スウェーデンとフィンランドの勧告には、子どもを公共のアウトリーチ活動に「積極的に参加させる」ことが含まれ​、フランスもJADEのような若者大使プログラムに言及がありました​。これは、子どもを権利の担い手・広報者としてエmpワーmentする現代的アプローチであり、各国共通のトレンドと言えます。

共通論点をさらに広げれば、多文化・多言語対応の重要性もあります。フィンランドのように公用語が複数ある国では両言語での周知が必要であり​、ニュージーランドのように先住民言語(マオリ語)への翻訳・普及も課題です。フランスにおいては海外領土の現地語や事情に合わせた啓発が求められ、日本でも手話や点字、やさしい日本語による情報提供などインクルーシブな啓発が課題となっています。デジタル媒体の活用も各国共通のテーマです。委員会所見には直接は出ませんが、近年は政府・NGOがSNSやオンライン教材で権利情報を発信する例が増えており、特に若者へのリーチ手段として重要です。

これら共通課題に対し、子どもの権利委員会は一般的意見第5号(General Comment No.5, 2003年)で指針を示しています。一般的意見第5号は、第42条および第44条6項(委員会への報告の周知)等を「実施のための一般的措置」と位置づけ、政府が取るべき包括的方策を詳述しています​。そこでは「政府全体およびあらゆるレベルで子どもの権利の視点を発達させること」が強調されており​
、具体的には政府機関・公共団体・一般大衆にCRCの内容を周知徹底することや​、独立機関(オンブズマン等)の権利啓発活動への支援、学校教育への人権教育導入などが推奨されています​。
今回分析した各国勧告は、まさにこの一般的意見の精神を各国事情に即して適用したものといえます。例えば、「政府・議会・司法への子どもの権利浸透」は一般的意見の求めるところであり​、イギリスや日本への勧告にもそれが色濃く反映されています​。また、「研修の制度化」「資料の子ども向け調整」なども一般的意見の趣旨(子どもにも大人にも積極的に知らせること​)に沿った具体策です。

総じて、「子どもの権利を社会に根付かせる」ための方策は国を超えて類似の課題に直面しており、各国はそれぞれの制度・文化的文脈の中で創意工夫しつつ共通のゴールに向かっていると言えます。委員会の勧告と一般的意見は、その道筋を示す道標として機能しています。

各国政府の対応状況と今後の展望

イギリス

イギリスでは、2016年の勧告を受けてから徐々に分権政府(スコットランド・ウェールズ・北アイルランド)主導での動きが活発化しました。前述のようにウェールズは法的枠組みを整え、子どもの権利に関する意識調査や年次報告を通じて政府の取組を検証する仕組みを構築しています​。スコットランドも国内法化に向けて大きく舵を切り(施行は最高裁判断待ちですが実務上は準備進行中)、地方自治体レベルで教職員研修や子ども向けワークショップが開催されています。こうした取り組みは、2023年の委員会審査で一定の進展として共有されました。しかし、中央政府レベルでは包括的戦略が欠如しており、委員会勧告​にあった全国戦略の策定はこれからの課題です。イギリス政府は2024年に向けて子どもの権利に関する行動計画を検討中であり、NGOや議会からも第42条の履行強化を求める声が高まっています​。
今後の展望として、イギリスは欧州評議会やUNICEFなど国際機関の助言も得ながら、教育カリキュラムへの権利教育導入や公共キャンペーン(例えば「子どもの権利週間」の創設)を進める可能性があります。また、英国政府が未批准のOP3(通報制度)について、将来的に受諾を検討しそれを機に権利周知を図る展望も考えられます。もっとも、現時点では子どもの権利条約を直接国内法に取り込む計画はなく、法的拘束力を伴う形での啓発推進策(例えば子どもの権利条例の制定など)は依然模索段階です。従って、市民社会(Children’s Rights Alliance for England 等)や児童委員(Children’s Commissioner)による監視・提言機能の強化が、勧告実施のフォローアップとして重要になるでしょう。

フランス

フランス政府は、第5回報告書所見(2016年)を受けて策定した行動計画に基づき、子どもの権利週間の制定、教員向け研修モジュールの開発、子ども向けホットライン(119番)の周知キャンペーンなど、いくつかの施策を実施してきました。また、国家人権機関である「人権擁護官(Défenseur des droits)」が子どもの権利擁護担当部局を通じて学校訪問や広報資料作成を行い、NGOとも連携して啓発を進めています。2023年の所見で評価されたJADEプログラムは、こうした流れの中で生まれた革新的な試みであり、すでに数十名の若者大使が国内外のイベントで子どもの権利をアピールする活動に従事しています。

もっとも、委員会の勧告どおり​、フランスには領土間格差という課題があります。特に海外県・領(例えばニューカレドニアやマルティニーク等)では、地理的隔たりや行政サービス不足から権利啓発が行き届いていないとの指摘があります。政府は今後、海外領土向けに現地語翻訳した子どもの権利教材を配布し、出張研修やラジオ・テレビを活用したキャンペーンを展開する計画です。また、新設の子ども国務長官の下、包括的な子どもの権利戦略を立案し、各省庁の施策を統合することも検討されています。フランスは既にOP3を批准済み(2018年)であり、委員会勧告にあるその周知も課題ですが、政府は子どもや保護者に向けOP3の申立制度を紹介するガイドを作成中です。今後の展望として、フランスはEU諸国とも知見を共有しつつ、学校教育への権利学習のさらなる組込み(例えば公民科でのCRC学習単元の必修化)や、ビジネス分野での子どもの権利研修(CSRの一環として企業研修に権利モジュール導入)など、新たな領域で第42条の趣旨を実現していく方向です。

スウェーデン

スウェーデンはCRC国内法化後の実践に注目が集まっており、2020年以降その進捗が逐次報告されています。国内法化は法的拘束力を生じさせただけでなく、社会全体で子どもの権利への意識を高める象徴的効果を発揮しました​。政府は各自治体に助成金を出し、児童の権利施策を促進しています。例えば多くの自治体で「子どもの権利コーディネーター」を配置し、地域レベルの啓発や施策調整を担わせています。また、教育現場では教師向けにCRCの解説書が配られ、授業で条約を扱う機会が増えました。委員会勧告​に沿って子ども参加型の普及も進められており、2022年には子ども・若者が自らの権利について討論し発信する全国フォーラムが開催されています。今後の課題は、研修の質と頻度の維持です。CRC法が施行された直後は研修が集中しましたが、時間経過とともに関心が薄れ研修回数が減るリスクがあります。委員会も「体系的研修の継続」を求めている通り​、政府は研修を制度化し、例えば専門資格の更新要件に児童の権利研修を組み込むなど工夫が必要でしょう。さらに、スウェーデンは2023年現在OP3未批准ですが、政府は委員会との対話でOP3加入を前向きに検討中と表明しました​。仮に批准すれば、国内でその制度を周知する新たな啓発キャンペーンが必要になります。また、隣国ノルウェーやフィンランドとの協働で北欧における子どもの権利教育のベストプラクティスを共有し、地域横断的な啓発プログラムを展開する構想もあります。総じてスウェーデンは比較的進んだ状況にありますが、権利意識の定着と研修の世代交代への対応が中長期的な焦点となります。

フィンランド

フィンランドは、国家子ども戦略(2021年)に基づき2024年までの行動計画を実施中であり、その中に第42条関連施策も盛り込まれています。例えば毎年11月20日の「世界子どもの日」前後を子どもの権利週間として位置づけ、全国の学校・図書館・博物館等で子どもの権利に関するイベントを開催しています。これにより、子どもも大人もCRCに触れる機会が増加しました。また、政府は「子どもの権利影響評価」を政策立案に組み込む取り組みを進めており、各省庁の職員研修でCRCを学ぶことが制度化されつつあります​。委員会勧告にあった子どもの積極的関与については、2022年に子ども・若者パネルを戦略のフォローアップに参加させ、彼らの提言を政策に反映する試みがなされました。フィンランドのユニークな進展として、デジタル教材の開発があります。政府はゲーム形式で子どもの権利を学べるアプリやオンラインコースを開発し、学校や家庭で活用しています。これは若い世代への訴求力が高く、他国にも参考になるでしょう。今後の展望として、フィンランドは2023年に設置予定の国家子ども戦略ユニットを中心に、戦略のモニタリングと継続的改善を図ります。課題として残るのは、周縁化された子どもへの周知です。例えば難民や移民の子ども、障害のある子ども、サーミ人の子どもなどに対し、適切な言語・方法で権利を伝える取り組みを強化する必要があります。委員会からも差別是正や包摂の文脈で啓発の強化が言及されており​、政府は関連する市民団体と連携してアウトリーチを拡充する計画です。フィンランドは国際舞台でも子どもの権利主流化を提唱しており、EUや国連での啓発イニシアチブへの貢献を通じ、自国の取り組みをさらに発展させるでしょう。

ニュージーランド

ニュージーランド政府は、2023年の委員会所見を踏まえ、子どもの権利に関する国家行動計画の改訂に着手しました。同国の子どもの権利コミッショナー制度改革(2022年)により、従来単独のコミッショナーが担っていた役割を委員会制に移行しましたが、新組織「オランガ・タマリキ監視委員会(元コミッショナー事務所)」が引き続きCRC普及の責務を負います​。政府はこの新組織と協働し、マオリの価値観を取り入れた権利啓発に力を入れています。

具体的には、マオリ語で「モコプナ(孫・子ども)」の権利を説明するラジオ番組や、先住民コミュニティでのワークショップ開催など、文化的に適合した手法で条約を広めています。また、教育省は学校カリキュラム刷新に際し、市民性教育の一環として子どもの権利を学ぶ単元を導入する検討を行いました。これが実現すれば学校現場でCRC学習が制度化される見込みです。OP3?批准後は、その周知も課題となっていますが、政府は社会開発省(MSD)のサイトでOP3の仕組みを解説するとともに、子ども向けに簡易な説明資料を作成しています​。今後の展望として、ニュージーランドは太平洋諸国との連携にも関心を示しています。近隣のオセアニア諸国における子どもの権利普及を技術支援することで、自国の取り組みを促進・検証するというアプローチです。また、国内的には、2024年の第4回普遍的定期的審査(UPR)に向け人権状況を見直す中で、CRC啓発策の進捗を改めて点検し、必要な追加措置を講じるとしています​。
課題として残るのは、子ども自身の権利行使を支える環境整備です。委員会所見でも指摘されたように(例:「子どもが権利侵害を申し立てるための子どもに優しい窓口が限られている」旨の懸念​)、権利を知った子どもがそれを実際に行使・救済に結びつけられるよう、相談窓口の周知や法的支援の拡充が求められます。この点も含め、第42条の「知らせる」だけでなく「活かす」段階への発展が次の目標となるでしょう。

日本の対応状況

日本政府は2019年所見を受け、「子ども政策の基本理念に子どもの権利条約を位置づける」との方針を打ち出し、2021年策定のこども・若者ビジョンや2023年施行のこども基本法にその理念を盛り込みました。
こども家庭庁は2023年8月、子どもの権利に関する包括的な広報戦略の策定に着手しています。この戦略には、一般向けのCRC解説動画の制作、子ども向けウェブサイトの開設、地方自治体と連携したキャンペーン(例えば全国の児童館での権利ポスター掲示)などが含まれる予定です。教育面では、文部科学省が2022年に学習指導要領の解説で「人権に関する教育内容」にCRCへの言及を追加し、社会科や道徳の授業で取り扱える余地を広げました。司法面では、最高裁判所司法研修所が家裁調査官や裁判官向けに国際人権条約研修を開始し、その中でCRCを重要テーマとして扱っています。
もっとも、国内法整備との連動という日本特有の課題もあります。すなわち、CRCを具体化する国内法(例:虐待防止法や少年法など)の運用や改正作業と、CRCの理念普及をどう結びつけるかです。近年の法改正議論ではCRCがしばしば参照されるようになってきており、例えば2021年の少年法改正時にはCRC第40条(少年司法)や第37条(拘禁の最終手段性)が国会審議で論拠として示されました。このように立法過程でCRCを活用する動きが出てきたこと自体、委員会勧告​が目指した「立法府へのCRC浸透」の一端と言えます。今後の展望として、日本はこども基本法に基づき「こども基本計画」(仮称)を策定予定であり、その中で第42条の履行も位置づけられる見込みです。
さらに、子どもの権利オンブズパーソン制度(各自治体で設置が進む子ども相談役)を全国的に推進し、子どもからの声を汲み上げるとともに権利啓発の担い手として活用する試みも考えられます。
課題として依然残るのは、社会の意識改革です。委員会が懸念したように、日本社会にはまだ「大人の権威を優先し子どもの意見を聞き流す風潮」や「子ども観の固定観念」が根強く存在します​。これを変えるには時間と継続的な啓発が必要ですが、こども家庭庁の発足と基本法制定は追い風と言えます。政府・民間が協働し、例えばメディアキャンペーンや企業のCSR活動を通じて「子どもの権利を尊重する文化」を醸成していくことが、今後の長期的展望となるでしょう。

最後に

OECD加盟国のみならず世界の多くの国が第42条の実施に共通の課題を抱えていますが、本レポートで分析した各国はそれぞれ創意ある取り組みを展開しています。それらの経験は互いに学び合うことで相乗効果を発揮し得ます。子どもの権利委員会の一般的意見や勧告はグローバルスタンダードを示していますが、その実現方法は各国の文脈に合わせ多様であり得ます。重要なのは、子どもの権利条約の理念を社会に根付かせ、すべての子どもが自らの権利を知り行使できるようにすることです。その目標に向かい、今回取り上げた国々が引き続き努力を重ねていくことが強く期待されます。